平成14年度(2001年夏)
◆二次試験
・個人面接
何だかよく分からないままに模擬授業を終え,そのまま個人面接になだれこむ。
指定された席にあたふたと腰掛け,「よろしくお願いします」くらいのことはいったんだろうけど,いかんせん最初にコケたダメージが大きくて,実のところ細かな記憶はあいまいである。
面接官は3名。
A:中央に青いスーツを着た(サッチャーコンシャスか???)茶色い髪の中年女性。険のある小森のおばちゃまみたいな感じ。ボスキャラとみた。
B:そして右側に眼鏡をかけた中年男性。会社の中間管理職(部長級)風。あとで思ったことだけど,この方はもしや最近民間企業から都立高島高校の校長になった人ではなかろうか…(都教委のニューズレターで見た)。自信はないが,顔は似ていると思った。ただし,緊張&錯乱状態での記憶なので信憑性は低い。
C:最後に左側にはやや白い髪を微妙なスタイルにカットした中年男性。あんまりビジネス臭はしない。3人の中では最も質問が少なく,控えめな印象を受けた。
以下,聞かれた質問をアトランダムに。
A:「教育実習は中学校で行ったのか?」
俺:「母校の都立高校で行った」
→何でいきなり中学だと思うのかな?模擬授業で中学校での歴史の復習みたいなことしたからかな?
A:「教育実習でどんなことを学んだか?」
俺:「いかんせん昔のことなので…教員の仕事は授業以外にもいろいろあるのだなぁということを学んだ」
→冒頭の発言はうっかり素になってしまった失言。でも学部の4年だから最近のことじゃあないんだよな。2週間お世話になって学んだことがそれだけというのは我ながらお寒い限りである。社会科見学の感想だってもう少し身のあること言えるよな。俺のバカバカ。
A:「では授業以外の仕事にはどんなものがあるか?」
俺:「部活動の指導や,生徒会活動などの課外活動が…自分はそういった学校における生徒の自治活動を盛り上げていくことに意欲を感じていて…」
→最悪。そんなこと実習行かなくたってわかるってば。しかも後半錯乱して面接官の質問に答えてないままわけわかんないこととうとうと述べてるし。
A:「なぜ東京都の教員になろうと思ったのか?」
俺:「東京で育ったし,教わった都立高校の教員の影響を受けたから」
→何のひねりもない。まあ<正直は最善の策>ってことで。だって東京じゃないところ受ける動機がないもんよ。
A:「その先生はどんな先生だったか?どんなところに惹かれたのか?」
俺:「迫力のある,熱のこもった授業を展開される方だった。実習のときにもその先生の指導を受けた。今でも思い出すとその熱気がよみがえってくるような気がする…そういった教員に自分もなりたいと思った」
→追憶モードに入り,錯乱度が上昇。このへん発言が散漫で当を得ていない。
A:「卒業後非常勤講師をしているようだが,今の高校生をどう思うか?」
俺:「得ている情報量が自分の頃とは比較にならない。それでスマートに生きている面もあれば,そのせいで生きづらくなっている面もあると思う。ただ,そのスマートさが本質的なところでのスマートさなのかはナゾ。しかし,どの子も時代の子としての良さを持っていると思う。」
→お前は宮台真司か?過去問は見たものの,あんまり面接の問答を想定してきてないから,即興詩人で語り出すとわけがわかんなくなる。もうデフレスパイラルである。ふみーん。。。おうち帰りたーい。
A:(指導案を見ながら)「対象に男子35名というのがどういうことか?」
俺:「現在勤めている学校が男子校なので,対象としてはかれらを想定した」
B:(指導案を見ながら)「今回の模擬授業は実際に行ったことがあるものか?」
俺:「単元自体は昨年度勤めていた学校で行った。ただ,ここで想定しているのは現在の学校の生徒で,二学期の中盤以降に行う予定のものである」
→つまり,“未来指導案”なんである。我ながらわけのわかんないことをしたもんである。
まあ意図としては,現在受け持っている生徒のほうがイメージしやすいというのと,β高の方が質問なんかも活発に出てくる雰囲気だったんでやりやすかろうということだった。
B:「普段の授業もこのような感じで行っているのか?」
俺:「おおむねそうである。考える作業をしてほしいので,できるだけ生徒に質問を振るようにしている」
→心がけは我ながら立派だが,実際のところその意図がどれだけ彼らに浸透しているかはナゾである。でもそういうことは言わない。
B:「形成的評価の重視ということが言われているが,そのことについてどう思うか?」
俺:「一般に社会科は暗記科目といわれているが自分はそうは思わない。だから事項や年代を詰め込んで試験のときにアウトプットしてそれっきりというのは空しい。どれだけ社会科学的な思考ができるかを見ていきたいと思うので,先述の通り,授業中はできるだけ頭を使うような質問を投げかけることにしている。試験の際もそうしたことを意識して問題を作っている」
→“ケイセイテキヒョウカ”って何?それっておいしいの?…よくわかんないまま思ったことを述べる。「すみません,不勉強でした」とあやまっときゃ良かった。立派くさいことをとうとうと述べているのは自信がない証拠。
B:(面接票を見て)「この老人ホーム訪問というのはボランティアか?どのようなことをするのか?」
俺:「学生時代所属していた落語研究会の活動のひとつの柱であり,いわゆる出張寄席のようなもので,あまりボランティアという意識はなかった。むしろ相手のお年寄のボランティア精神に感謝したいくらいである」
→面接票に社会奉仕経験なんて仰々しい欄があったけど,書くことないんでこれを書いた。それが何かしらのボランティア活動になるのかどうかはわからん。
ただ,やってて楽しかったし勉強になったのは事実。
B:「落語研究会でどんな活動をしていたのか?」
俺:「三味線で寄席囃子をやったり寄席文字でビラや立看板をつくったりしていた,」
→寄席囃子についてもやや詳しく説明。
B:(面接票を見て)「この“初級システムアドミニストレータ”というのはどのような資格か?」
俺:「プログラマーやSEなどではなくて,コンピュータを現場で使って仕事をする人のための資格としては唯一の国家資格で,職場の情報化の推進役としての役割を期待されている資格だそうである」
→確かに字面だけ見るとよくわかんない資格である。カタカナはご大層だが“初級”という漢字に漂うショボさはぬぐいがたい。とりあえず“国家資格”ということだけはアピールしておく。
B:「ではパソコンは使えますね?」
俺:「プリント作りや成績処理に使っているし,簡単なトラブルシューティングならお役に立てるであろう」
→自信満々に答えてはいるものの,「はい」とはいってないのがミソ。そして“簡単なトラブルシューティング”として当人が想定しているのはフリーズしたとき強制終了できるとか,プリンタに紙が詰まったら取り除けるとか程度のことであることは秘密である。相手がどのように受け取ったかについてはこちらの関知するところではない。
C:「教育を行うにあたって一番重要なことは何だと考えるか?」
俺:「“おそれ”を持つこと。ここでいう“おそれ”とは“恐れ”ではなく“畏れ”。<後生畏るべし>という意識,人間が今まで積み上げてきた学問に対する畏れが必要なのではないかと思う」
→なーにいってんだか。その場で口をついてそんな言葉が出てきて,なるほど自分はこういうことを考えていたのかとびっくり。あとで「そんなわけわかんないこといったの失敗じゃないですか?」といわれた。<綸言汗の如し>である。もう知らん。
A:「これで面接を終わります」との言葉にいそいそと退出しかける。
駄菓子菓子!!教卓の上に自分用の指導案を置きっぱなしだったことに気がついて,あわてて回収。
傘だのカバンだの紙切れだの抱えて,非常に見苦しい去り際となった。
入ってきたドアから教室を出ると,廊下の椅子にはすでに次の受験者がいた。
「がんばってください」か「お疲れさまです」かなにか言葉を交わし,案内の方にも挨拶をして,会場を出た。
疲労と絶望とわけのわかんない高揚感が入り混じった変な気分。
朝の雨はすっかり上がり,夏空がしみじみとまぶしかった。
今日のことはあまり思い出さないようにしよう…。
この個人面接を通じての精神状態キーワードは「緊張」「錯乱」「わけわかんない」である。
ドラクエ的にいうと“パルプンテ”。
さて,これが吉と出るか凶と出るか…???
思えば「島嶼勤務は?」みたいな踏絵的お約束質問はなかった。
それってすでにダメ出しされてるってことか…???不安である。 |